このプロジェクトの話しをいただいたのは97年夏の事。相談を待ちかけてきた魚谷氏は『倉敷に蔵創りのおもしろい建築があるんだけど、何か使い道はないかな?』というものだった。
 その頃倉敷の中心市街地は美観地区の観光はあるものの、駅反対側にイオンショッピングセンターができた事により市民の拠点機能が低下し、景観整備も遅れ、いわゆる街の過疎化という問題をかかえていた。
倉敷商工会議所など11団体で構成される駅周辺活性化連絡協議会 からもチボリ公園来園客を南側のアーケード街に呼ぶためにの駅前デッキ拡張計画や路地を生かしながら中核施設を配置し、24時間開放型ポケットパークを設けることによる地元住民の活性化をはかる案もでていましたが、今だ進んでいないようです。

 その場所は美観地区から少し離れた、駅前から延びている一番街という商店街の外れに位 置していた。 そこへ行ってみると建物のまわりに小川が流れ、中庭を持つ、蔵の集合体があり、確かにこの建物をこのまま壊してしまうのは非常にもったいないというべき存在感があった。倉敷の内田氏が動き出したのも納得のできる話しだった。

 定例のミーティングを開催する事になり、当初はチョット高級な屋台村やワインセラー付きのイタリアンレストランなどの案もありましたが、最終的にはしっかりした料理と時間を提供できる日本料理店と中国レストランで事業計画がまとまりました。
 
建築設計は古民家再生建築で名高い楢村氏。きめ細かく必要なものと不必要なものが種分けされ、余分なものが解体撤去されると、これでよく建っているなあと思うほど危なっかしい躯体が現れ、この躯体を補強していく作業が永遠と続く。
 
この頃は年末にタイ(チェンマイ)で選んできた家具、照明や調度品も決定し、店名やロゴデザインを考えていましたね。
 ここでは私の人生の師匠とも言うべき小島氏に御協力いただき、店名を提案いただきました。(感謝、感謝!)
 
最近、施設を訪れてみると、一番街に『千秋座』という劇場が出来ており、高齢者が大勢列を作っている姿を見ているうちに民間のひとつの動きにより少しずつ波紋ができ地域の活性化に繋がっている事を実感しました。
内田さんこれからも頑張ってください。
 
 
 
 
97年 秋、当時の状況はこんなだった。
 
中庭の池には突き出るかたちで茶室があり(写 真右上) 
明治初期のたたずまいが残っていました。
残念ながらこの茶室は現在はありませんが。。。
2000年 1月、工事風景。
2001年6月、だいぶ形が表れてきたぞ!
2001年11月、オープン
 
 
 
倉敷市阿知 3-18-18
( 風 )TEL/086-435-2211
(香里)TEL/086-435-2233